政治・経済
| 千曲市9月議会始まる(10年9月5日付) |
![]() 千曲市9月定例市議会 |
『新幹線駅誘致を』〈8〉(10年9月5日付)
千曲市活性化、最後のチャンス!!
中小企業診断士 児島 保彦
第三の理由は、誘致先と目される場所は、広大な土地があります。発展するか否かは、既存の建物に左右されない土地をどのくらい確保できるかにかかっています。
ご存じの通り、モータリゼーションによって、郊外の空き地に大ショッピング街が出来、町の中心部はあっという間に空洞化してしまいました。
ショッピングモールにしろ、工場誘致にしても進出の絶対条件は空き地であり、その面からも屋代地区の広大な土地は希少価値があり、発展が期待されます(勿論地権者の同意が条件ですが)。
第四の理由は、過去の歴史が物語っているように、駅が人を集め駅が隆盛の起爆剤になってきました。現在は「道の駅」でさえにぎわっている姿を見ますと、駅が如何に大切なキーワードかがお分かりいただけると思います。
千曲市周辺の事例をみますと、まず、屋代町の住人は「鉄道より馬の方が早い、うるさい」といって、当時雑種地であった埴生に持っていったことにより、今では千曲市の商店街と呼ばれるのは屋代駅前商店街だけになりました。それも長野新幹線が出来たことにより、取り残されてしまい維持するのがやっとの状態です。
あの隆盛を誇った稲荷山も、中央線の駅の設置に反対し塩崎にやったため、商店街は事実上崩壊しました。
松代もしかりで、最近の例では小諸市で、上田と佐久から取り残されました。このように歴史が証明していますが、時のリーダーが見間違うと100年の大計を誤ることになり、その影響は子々孫々にまで及びます。
第五の理由は、時刻表に新幹線の駅が載るだけで、大変な宣伝になりますし、産業誘致の有力な資格になります。むしろ新幹線の駅もないところに産業は来ないでしょう。
『新幹線駅誘致を』〈7〉(10年8月25日付)
千曲市活性化、最後のチャンス!!
中小企業診断士 児島 保彦
F駅など造っても安中のように一日一本しか止まらないのでは? 長野新幹線の開通時と、環境は大きく変わっていますので、答えは、絶対にそのような心配はご無用だと思います。
第一の理由は、北陸新幹線が出来ることによって、将来は関西にまで直行出来るため、そうなれば文字通り日本の中心になるわけですから、利用する人口は長野新幹線の比ではなくなります。
その上、リニアモーターカーの出現により、長野県の人の動きは大きく変わってくるでしょう。つまり中信に位置する松本市周辺は孤立化することが予想されます。
したがって、千曲市に駅が出来れば、松本を中心にした安曇野周辺の人の流れは、長野駅ではなく千曲市に向かいます。
全国に接続する高速道路のインターチェンジ、ジャンクションはすでに完備しておりますので、至近距離に駅が出来れば、その利便性からみても行動半径は広がり、多くの乗降客を期待することが出来ます。
第二の理由は、土地開発の観点から見ると、長野市も上田市もこれ以上の発展性は望めないだけに、両市の狭間にある千曲市は文字通り三駅の中心的な存在になり、長野、上田、千曲市を合わせると100万人都市が生まれる可能性さえ出てきます。
(筆者・児島保彦氏は千曲市粟佐在住)
| 千曲市議長に原利夫氏(10年8月15日付) 〔総務文教常任委員会〕 〔福祉環境常任委員会〕 〔建設経済常任委員会〕 〔議会運営委員会〕 〔総合交通対策特別委員会〕 〔議会広報特別委員会〕 〔新庁舎建設調査特別委員会〕 一部事務組合等の委員 〔千曲衛生施設組合〕 〔葛尾組合〕 〔千曲坂城消防組合〕 〔六ケ郷用水組合〕 〔長野広域連合〕 |
![]() 原利夫議長 ![]() 和田重昭副義長 |
『新幹線駅誘致を』〈6〉(10年8月15日付)
千曲市活性化、最後のチャンス!!
中小企業診断士 児島 保彦
Dなぜ静かな平穏な町が悪いのでしょう
「このままでいいじゃないか、なぜムリをするのか」といった意見をお持ちの方がいらっしゃると思います。この「思い」は無視できませんからお答えします。
先にも触れましたように、皆さんが望まれる「老人に生き甲斐のある、健康で安全な町」を維持するためには巨額な予算を必要とします。
しかし、これからは国に頼ることが出来ないため、歳入に智恵を出さないと地方の自治体は財政的に耐えられないからです。
生き甲斐を享受する老人ばかりで、財政を支える生産者もしくはそこで働く生活者が集まって来なければ、衰退の一途をたどることは云うまでもありません。
つい先頃、北海道の夕張市は国が見放したため、破産に追い込まれてしまいましたが、その後の状況を見ればお分かりの通りです。このことは決して対岸の火事ではないのです。
平穏な過ごしやすい町を維持するために国に期待できないとすれば、私たちの町自体が自力で財源を生み出す他にありません。
E千曲市ほど「人が集まる」資源を持っているところはありません
日本が高度経済成長期の頃は、さかんに産業の誘致が叫ばれました。またバブル経済の最中は、企業が土地探しに躍起になっていましたから、地方も比較的楽に働く場所を確保することは出来ました。
しかし、失われた15年の後を迎えたグローバル社会は、逆に地方から国外へ出ていく状況です。したがって産業の誘致など現実は不可能に近く、言葉だけが一人歩きしています。
つまり、余程の有利な条件を提示しませんと絵に描いた餅に過ぎません。この条件の一つに新幹線駅が位置づけられます。どの地方も観光と産業の誘致に躍起になっていますが、大抵の町は新幹線が走っているのですから、市民の意欲と努力でいくらでも活力あふれる町にすることが出来ます。
このような恵まれた環境を持たない町からすれば垂涎の的であり、今まで駅を誘致する運動が起きない方が理解できないのではないでしょうか。
(筆者は早稲田大卒。経営コンサルタント。千曲市粟佐在住)
『新幹線駅誘致を』〈5〉(10年8月5日付)
千曲市活性化、最後のチャンス!!
中小企業診断士 児島 保彦
C頓挫した結果、千曲市の今は 長野市と上田市の狭間にあるため脇役でしかなく、最近では佐久、松代、須坂や開通駅となる飯山などと比較すると、完全に取り残された感が強いことは誰の目にもはっきりしています。
千曲市の資源は、花鳥風月、古代の文化、古の歴史、俳句の聖地、そして温泉と千曲川どれ一つとっても全国的に知られて良い一級品ばかりです。
千曲市のように、現代人のニーズに応えられる素場らしい自然と環境、歴史、文化、レジャー施設に恵まれた町はめったにありませんが、全く活かされないまま、ひっそりと眠ったままです。
相変わらず人口は微減ですし、産業振興が遅れているため歳入は伸びません。
語弊がありますが人間にたとえるとすれば、「生まれつき良いDNA(優れた観光資源)を持って生まれ、かなり養育費(施設等のハード)もかけたのですが、肝心の育て方(宣伝用のソフト)が未熟なため、大器晩成のまま今に至る」とでも表現出来そうです。
(児島保彦氏は千曲市粟佐在住)
『新幹線駅誘致を』〈4〉(10年7月15日付)
千曲市活性化、最後のチャンス!!
中小企業診断士 児島 保彦
Bなぜ、平成8年に発足した誘致期成同盟会は頓挫したのか
第一の原因は、時の行政(首長)に意欲がなかったこと。
第二の原因は、時代の背景が、必要性を感じさせなかったこと。
つまり「地方の自治は国が何とかしてくれるから、ムリをすることはない」と思っていたからです。また、努力しなくても国が面倒をみてくれました。
第三の原因は、千曲市の市民は比較的豊かなため、将来に危機感を持っていないこと。
しかし、現実の生活は、多くの若い人は働く場がないため、この町を去ってしまい、高齢者だけが増える核家族化を強いられています。
第四の原因は、当時の建設費用は見積もりの段階でかなり上積みされた額が一人歩きし、その上、市民が直接負担するかのごとき誤った情報が流されたこと。
(お祭りの寄付金などと違って、市民が直接建設費を負担するなどということはありません)
第五の原因は、当時の新幹線は長野止まりであり利用客も限られていたため、駅を作っても果たして何本停車するだろうという危惧があったこと。
以上のような理由が考えられましたので、当時は「反対する」側の説得力があったわけです。
現在でも時代の認識を誤っている人や誤解している方も含めて、反対意見に同調する人は多いと思いますので、僭越ですがその疑問にお答えしていきます。
今、なぜ新幹線駅を誘致するのか?
@現在、地方自治体が置かれている状況 今日の地方自治体の現状は、平成8年誘致期成同盟が発足した当時の経済情勢と深刻さの度合において全く激変しました。
つまり日本国自体が世界一の借金大国になってしまい、国が何とかしてくれる時代は去りました。
地方は自らの手で財源を生み出さなければ、生きられない時代に突入しております。
A「あなたは千曲市をどんな町にしたいと思いますか」
といった趣旨のアンケートをとりますと、「生き甲斐のある町を」「健康で安全な町を」が上位をしめ、「新幹線の誘導」などは最下位に位置づけられます。
「なぜ必要がないのですか」とたずねますと、「もったいない、そんなお金があったら福祉に回せ」「一年に一度も東京などへ行ったことがない」「市の財政が悪化する」「個人負担があるらしい」(誤解です)といった答えがかえってきます。果たしてそうでしょうか?
Bなぜ、平成8年に発足した誘致期成同盟会は頓挫したのか 第一の原因は、時の行政(首長)に意欲がなかったこと。
第二の原因は、時代の背景が、必要性を感じさせなかったこと。 つまり「地方の自治は国が何とかしてくれるから、ムリをすることはない」と思っていたからです。また、努力しなくても国が面倒をみてくれました。
(児島保彦氏は千曲市粟佐在住)〈つづく〉
| 今、なぜ「新幹線駅」誘致か(10年6月5日付) |
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