「乳癌のホルモン療法」編

乳癌のホルモン療法 11 《第94回》 (8月23日付)
 ご質問のお手紙(8月2日号参照)に対し、この紙面の欄で説明することにいたしました。
 先ずここで、はっきりさせておかなくてはいけないことは、ホルモン療法あるいは化学療法(いわゆる抗癌剤療法)を行う対象として、大きく二つに分けて考えます。
 一つは、はじめからかなり進行した乳癌で、いきなり手術をしても、取り残しや再発が必発の患者さんや、過去に手術をしていて再発を来した患者さん(進行再発癌)。
 二つは、手術をして、肉眼的にも、組織学的にも、血液学的にも(腫瘍マーカーなど)、さらに画像診断学的(胸部レントゲン写真、胸部、腹部CT、骨シンチグラムなど)にも取り残しがないと確認できる、根治的に手術を行い得た患者さんです(早期癌、中期癌)。
 前者の場合は、はっきりした治療対象があるわけです。たとえば、肺に転移巣があってレントゲンで異常陰影としてとらえられているとか、鎖骨の上にリンパ腺が腫れているとかです。進行癌の場合は、ちょっと違いますが、過去の症例の積み重ねから統計的にみて、手術をしても再発が必発(100%ではないが)であると思われる乳癌です。
 後者は、治療対象としての癌が体のどこかに潜んでいるかもしれないし、全く癌細胞が存在していないかも知れないという状況の患者さん(神のみぞ知る)です。

乳癌のホルモン療法 12 《第95回》 (8月30日付)
 お手紙をいただいた患者さん(8月2日号参照)の場合は、乳房温存療法(乳腺部分切除+乳房照射)ですから、体のどこか遠隔部位に癌細胞が潜んでいる(微小乳癌故遠隔転移は99.9%考えなくてよい)というより、残した乳房の乳腺組織のどこかに乳癌細胞が存在するかも知れないと仮定して、補助ホルモン療法(手術をして手術のみでは足りない部分を、抗ホルモン剤で補うという意味)のみを行っています。
 乳癌の発生の初期、微小乳癌あるいは乳管内進展時にはエストロゲンレセプターを有する率が高く、従って第一選択としてレセプターの有無がわからなくても、ホルモン剤(ノルバデックス等)を投与します。
 この患者さんは癌が7mmと徴小で(通常の方法ではレセプター検索はしませんでした)、組織学的にリンパ節転移を認めていず、抗癌剤は投与していません。

乳癌のホルモン療法 13 《第96回》 (9月6日付)
 ここで、質問の3(「エストロゲン受容体は、どのように測定するのか?」=8月2日号参照)にお答えします。ホルモンレセプターはどうやって測るのか、という質問です。
 一般には、ホルモンレセプターは手術時に取り出した乳癌組織の一部、1グラムぐらいをマイナス70度Cで凍結しておき、これをすりつぶして均質化して超遠心上清分画(この中に数えることができるレセプター=鍵穴がバラバラになって存在する)とラヂオアイソトープをくっつけたエストロゲン(estradiol)(=エストロゲン鍵)、またはプロゲステロン(=プロゲステロン鍵)と反応させて、鍵と鍵穴(エストロゲンとプロゲステロンの鍵穴は当然形が異なる)の関係で、しっかりくっついた物以外を洗い流し、鍵の放射活性を力ウントすると鍵穴であるレセプターの数がわかるわけです。
 ですから、レセプターは、新鮮な癌組織がない場合は測れないわけですし(新鮮でないと壊れてしまう)、もし長径7ミリ大の癌をレセプターの測定のために提供してしまうと、組織学的検索の大きな支障になってしまいます。
 したがって、小さな癌の場合は、この方法でのレセプターの検索はあきらめなければなりません。そこで、次の方法として用いられるのは、組織学的にフォルマリンで固定し、さらにパラフィン(ろうそくのろう)に包埋されている癌組織を使う方法です。
 単純に言えば、ミクロトームで厚さ4〜5ミクロンに薄く削った標本(かんな屑のような物)をスライドガラスの板の上にのせて、そこにレセプターの抗体を(この抗体は検鏡前に発色させることができる)かけて、鍵と鍵穴の関係で(前記とは原理が違う)結合させて、顕微鏡で見て癌細胞の所に色が付いていればレセプターがあると判定するわけです。
 これを免疫組織学的方法といいます。前者は定量ですが、後者は定性といえます。実際には判定は色の濃さ分布状況等から(−、+−、+、++)などと表します。
 ここで、なぜエストロゲンレセプターだけでなくプロゲステロンレセプターまで測るのかという疑問がでるかと思いますので、次号でお答えします。

乳癌のホルモン療法 14 《第97回》 (9月20日付)
 エストロゲンは、癌細胞にあるエストロゲンレセプターに鍵と鍵穴の関係で接着し、エストロゲン作用を発現しますが、実は癌細胞に増殖に至る道のりは単純ではありません。
 図のようにように、エストロゲンレセプターは現在では、細胞の核の中にあるとされています。細胞の中に入ったエストロゲンは核の中に入り、不活性型エストロゲンに結合します。これによりエストロゲンレセプターは活性化して、こんどはレセプターが鍵となってDNAの特定の結合部位に結合します。
 これが結合しますと、ある種の蛋白質の生産ラインが動き始めます。蛋白質合成のプログラムが複製されmRNAとなって、リボゾームに運ばれ、ここで読みとられて、蛋白質を合成するのです。
 エストロゲンによってつくられる蛋白質は数種類わかっています。その中の一つがプロゲステロンレセプターです。他に増殖因子である、TGF−α、IGF−1、PDGFがあります。
 これら増殖因子は、癌細胞の外に放出されますが、TGF−α、IGF−1、は自分の癌細胞膜にある、それぞれのレセプターに結合して、癌細胞自身を増殖させるのです。

エストロゲンの作用機構 (13105 バイト)

乳癌のホルモン療法 15 《第98回》 (9月27日付)
 癌細胞は自分自身の増殖を抑える因子TGF―βも産生していますが、(癌細胞であっても、自己の増殖に関して、自ら+、−のバランスを保っている)エストロゲンは、この増殖抑制因子TGF―βの産生を抑制し、いっそう増殖を促進しているのです。
 これらプーメランのように、自分自身に役立たせる因子を放出して引き戻す形を autocrine (オートクリン)と言います。
 TGF―α、IGF―1、PDGF(この因子は癌細胞にはレセプターがありません)また、癌細胞の近傍にある線維芽細胞や血管内皮細胞に作用して、癌細胞に血液を供給したり、癌細胞を支えたりして、癌細胞の集合体(線維芽細胞や、腫瘍血管も含む)である癌(しこり)の増大をはかっています。
 このように分泌された因子が分泌細胞の近傍の細胞に作用することを paracrine (パラクリン)と言います。
 ちなみに、エストロゲンのように卵巣の細胞から分泌され乳腺のような遠隔地にある臓器(細胞)に作用することを内分泌(endocrine=エンドクリン)作用といいます。
 細胞は、神経や胆汁や膵液のような外分泌のほかに、内分泌、パラクリン、オートクリンなどさまざまな方法で、生命や機能を保っているのです。
 エストロゲンは細胞増殖因子を産生し、間接的に癌細胞の増殖をはかっていることが、お分かりいただけたことと思います。

乳癌のホルモン療法 16 《第99回》 (10月4日付)
 ここで、やっとプロゲステロンの測定意義に入ることができます。正常な細胞(乳腺の上皮細胞)でのエストロゲンの作用は、いままで述べた癌細胞内部の諸増殖因子の産生と同様と考えてよいかと思われます。
 が、そもそも癌細胞とは正常の細胞機能を逸脱した細胞ですから、細胞内の蛋白合成工場も、通常の生産ラインから逸脱して、不要なものをたくさん造ったり、あるいは造らなければいけないものを造らなかったりすることがあるのです。
 癌細胞にプロゲステロンレセプターが有るということは、生産工程がある程度正常に作動していることの証なのです。以前にお話ししたように、乳癌の患者さんの60%にエストロゲンレセプターがあり、抗エストロゲン剤の有効率は30%です。
 レセプター陽性者の半数は、蛋白生産ラインがまともに機能していないものと思われます。要するに、エストロゲンレセプターに加えて、プロゲステロンレセプターも陽性であれば、抗ホルモン剤の効果がより期待できるということになるのです。
 エストロゲンレセプターとプロゲステロンレセプターの陽性、陰性の組合せは4通りできますが、その組合せによるホルモン療法の有効率をお示ししておきます()。

エストロゲンレセプター(ER),プロゲステロンレセプター(PR)とホルモン療法有効率
  ホルモン療法有効率
  症例数 ER(+)
PR(+)
ER(+)
PR(−)
ER(−)
PR(+)
ER(−)
PR(−)
日本人 119 66% 30% 25% 10%
欧米人 691 69% 32% 33% 10%
Matsumoto K.,et al. anticancer Res. 6 : 621-624, 1986.

※「乳癌の診断と治療」(小山博記監修)より引用

乳癌のホルモン療法 17 《第100回》 (10月18日付)
 ここで、私の外来へ通院中の乳房温存療法を受けられた患者さんからのご質問の1のなかの「ホルモン剤を内服して、1年、2年、3年と長期にわたったとき、副作用が心配であるがどうなのか?」=8月2日号参照=についてお話しします。
 一般に、ホルモン剤は化学療法剤(いわゆる抗癌剤)に比べて、副作用が少ないとされていますが、ないわけではありません。たとえば、ノルバデックスの副作用は、白血球減少、貧血、血小板減少、視力異常、視覚障害、血栓塞栓症、静脈炎、重篤な肝障害、高カルシウム血症(骨転移のある場合にあらわれることがある)――など。
 生殖器では子宮筋腫、無月経、月経異常、性器出血、膣分泌物、卵巣腫大、陰部掻痒――など。消化器系として、悪心嘔吐、食欲不振、下痢、腹痛など。精神神経系として、頭痛、眩暈、めまい、不眠、抑欝状態――など。また、ときにほてり、紅潮、体重増加、浮腫、高トリグリセリド血症――等があります。
 私が実際、経験した副作用は、軽度の肝機能障害、体重増加、月経異常、それに卵巣腫大の経験などがあります。
 これらに対しては、投与をやめるか、一時休止するかで、おおむね解決がついています。体重増加に関しては、食事量を減らしていただくか、間食をしないようお願いしています。
 他のホルモン剤では、アロマターゼインヒビター(商品名=アフェマ)やノルバデックス類似のトレミフェン(商品名=フェアストン)、LH−RH作動薬(商品名=ゾラデックス)やMPA(商品名=ヒスロンH)等がありますが、副作用はおおむね類似しています。
 ここで問題になるのは、タモキシフェン(商品名=ノルバデックス)の子宮内膜癌の発生との関わりについてです。

乳癌のホルモン療法 18 《第101回》 (10月25日付)
 タモキシフェン(商品名=ノルバデックス)の術後補助療法は、乳癌のホルモン療法として、欧米や日本においても広く用いられており、この療法による乳癌の年間再発率や死亡率の軽減が前者で25%、後者で17%であるとの報告があります(EBCTCG.Lancet 1992, 339:1)。
 欧米ではまた、タモキシフェン治療患者の千例における子宮内膜癌の発生は、年間約2例とされています。
 日本における報告は少ないですが、安達らの1995年第2回乳癌学会の発表では、国立ガンセンター中央病院で1962年5月から1994年3月までに婦人科で診断され、手術された子宮内膜癌(乳癌とが合併した)20症例のうち乳癌が先行して後に子宮内膜癌のできた症例は17例と発表しております。
 1979年保険治療剤として認められ、以降タモキシフェンも頻用し始めてから、1990年以降になって、タモキシフェン投与症例7例に子宮内膜癌が発生し、それまでの子宮内膜癌全体数に占める割合は1%前後であったものが、一挙に6.7%(非投与1例、投与7例)と上昇し、タモキシフェンを使用した患者に、明らかに子宮内膜癌が増加していると報告しています。
 7例の内訳は閉経前患者が4例、閉経後が3例で、閉経前患者さんは全例5年以上服用しており、投与総量が66g以上に達しており、発症はタモキシフェン服用後7年以上経過していたと述べています。
 一方、閉経後の患者さんは、投与期間が1年以内で、投与量も13gと少なく、発症するまでの期間も1年以内と述べています。
 子宮内膜癌の初期症状は、ほとんどが性器出血で、早期に発見された症例が多く、予後は良好としています。非投与例の特徴はタモキシフェンのほかの内分泌療法はしておらず、抗癌剤もマイルドなもので、4例に両側乳癌、膀胱癌、肺癌、卵巣癌、甲状腺癌などの多重癌症例があったと述べています。
 ではなぜ、タモキシフェンが抗エストロゲン剤なのに、エストロゲンと同様に子宮内膜を肥厚させ、癌の増殖(タモキシフェン発癌性があるか否かは結論がでていない。すでに発生している子宮内膜癌の増殖を促進させるプロモーション説もある)を促進させるのか? これはタモキシフェン(やトレミフェン)に抗エストロゲン作用とともに、多少のエストロゲン作用が存在するからです。

乳癌のホルモン療法 19 《第102回》 (11月8日付)
 ではなぜ、タモキシフェンには子宮内膜癌の増殖促進作用(発癌性)があるのに、乳癌の治療薬として使われているのか、疑問に思われるかも知れません。以下にその答えを示しておきます。
 1997年12月ベルギーのブリュッセルで行われた、タモキシフェンの子宮への影響に関する国際学会で、総括としてPatrick Neven氏はこう述べています。
 「タモキシフェンの子宮内膜癌リスクには慎重であるべきだが、乳癌治療及び乳癌再発防止におけるタモキシフェン術後補助療法の恩恵は、明らかにそのリスクを上回ることを強調したい」(Tamoxifen and the uterus, 株式会社シナジー 1998.3発行より)。
 投与期間については、結論は完全にはでていません。が、最近の報告(Neven P., Vergote I. Lancet 1998;351:155)からは、効果とリスクの面から5年間投与が望ましいとの方向性が示されています。
 残りの質問の、閉経前の患者さんと閉経後の患者さんに対するホルモン療法と抗癌剤の使い分けについてと、抗癌剤単独がいいのかホルモン剤単独がいいのか等については、次項の「乳癌の化学療法」のところで述べてみたいと思います。