敦煌を訪ねて
(文・写真=山下哲雄・更埴新聞社主幹)
敦煌を訪ねて〈30〉 (8月8日付)
敦煌市の素顔5
敦煌の夏は日本の暑さの比ではない。昼間は50度近くまで温度計が上がるため、外出は夕方からという市民や観光客も多い。
日が沈むと日中の酷暑が嘘(うそ)のように、心地よい爽(さわ)やかな風が吹きはじめる。沙州市場から敦煌賓館にかけての歩道には夕方になるのを待ちかねたように、かつての日本でも、よく見かけた縁台将棋や路上麻雀があちこちで始ま
る。日本と同様に「岡目八目」の見物人が周りを取り 囲む風景も珍しくはない。
街は午後9時過ぎになってようやく暗くなるが、それでも裸電球の明かりの下で、ゲームに熱中している。こんなごく普通の市民の姿を見ていると、政治や経済のことはともかく、「どこの国も庶民の楽しみは、そう変わるものではない」と確信した。
ところで鳴沙山は夜遅くまで開放されているため、わざわざ夜の「月の砂漠」を訪れる人は多いようだ。夏の敦煌を訪ねたら、ぜひとも勧めたい夜の観光スポ ットのひとつだ。
さて、敦煌の旅の思い出は尽きないが、そろそろ日本へ帰らねばならない。機会があれば敦煌の再訪は もちろん、ハミ盆地の「伊吾」、トルファン、ウルムチ、クチャ、楼蘭(ローラン)のロプノール…と西域を訪ねたい思いにかられる。
〈おわり〉
敦煌を訪ねて〈29〉 (6月27日付)
敦煌市の素顔3
前号で敦煌の最高気温を26度Cと書いたが、これは5月平均の数値。夏の昼間の気温は50度近くまで上がるため、帽子とサングラスは必需品。とりわけ、お肌に敏感な女性は日焼け対策も忘れないでいただきたい。
ところで、夏の敦煌は昼間の観光や見学だけでなく「夜の外出」も最高だ。空が暗くなり始めるのは9時ごろから。日中の酷暑がまるでウソのように気温が下がり、人々は街に繰り出し
て、敦煌随一の「沙州市場」などは、日中よりも賑(にぎ)やかになる。
沙州市場は敦煌市博物館から陽関東路をはさんだ真向かいにあり、至るところに地場産の果実、香料が山と積まれ、夜光杯や玉製品・民芸品など、ありとあらゆる物が店頭に並ぶ。
通路の中央で雀卓を囲む風景も見られ、「チイ、ポン」の声がはずんでいた。ルールの複雑な「麻雀」(マージャン)を考え出したのはだれあろう、中国人だ。
敦煌を訪ねて〈28〉 (6月20日付)
敦煌市の素顔2
敦煌は甘粛省の西端に位置するオアシス都市。広大な砂漠に囲まれ、昼夜の温度差が激しい内陸性気候である。空気は年間を通して乾燥し、降雨はゼロに近い。
例えば、中国の主要都市の平均気温と降水量(5月平均)をみると、陜西省の省都で長安と呼ばれた古都西安の最高気温は26度C、最低気温は13度C、降水量は65ミリである。これに対し、敦煌の最高気温は35度C、最低気温は3度Cで昼夜の温度差は30度にもなる。降水量はわずか1ミリだ。
敦煌を訪ねて〈27〉 (6月13日付)
敦煌市の素顔1
敦煌市のホテル「太陽大酒店」(敦煌市沙州北路5号)を拠点に、古代の関所跡「陽関」、砂漠の大画廊「莫高窟」そして「鳴沙山」を歩き、見学した。
が、待てよ―。「敦煌市の実情はどうなのか、この目で確かめよう」とフラリと市街地へ。街は、飛天が背中に掲げた琵琶(びわ)=背面琵琶=を奏でる「飛天像」=写真=のあるロータ
リーを中心に東西に分かれ ている。
東側の陽関東路は自由市場、博物館、夜光杯工場などが多い。沙洲市場から敦煌賓館(国内外の要人がよく宿泊)にかけての歩道には、夜になると裸電球を灯した露店がズラリと並ぶ。
西側の陽関西路には銀行や公安局(警察)があり、南に延びる鳴山路にはホテルが多く庶民的なレストランも。いうならば東側が買い物地域で西側が宿泊地域という所だろうか。
敦煌を訪ねて〈26〉 (5月15日付)
鳴沙山5
鳴沙山の巨大な砂丘と何千年もの間枯れたことがないという砂漠の中の「月牙泉」で、悠久の"時"の感慨にふけった後、土産物店が並ぶ市街地へ出た。
すると、どうだろう。すぐ近くに水の一滴も無い砂丘があるというのに、満々と水を蓄えた街路樹が並んでいる。が、よく見ると街路樹の根元の水が、路上に流出しないようコンクリートで囲まれている。つまり、大きなコンクリートの枠から、水が逃げないようしっかり周囲を取り巻き、水を大切に使っている。
砂漠の中のオアシスだか ら、ある程度の水は確保で きるようだが、「一滴の水も無駄にはできない」というわけだ。それでも、砂丘をバックに青く茂る街路樹は、なんとも妙な風景だ。
敦煌を訪ねて〈25〉 (4月4日付)
鳴沙山4
敦煌の南約五キロにある鳴沙山の見どころは巨大な砂丘だが、もうひとつは「月牙泉」(げつがせん)。鳴沙山の砂丘に囲まれた窪地に湧く三日月形の泉だ。東西二百メートル、幅五十メートルほど。深さは平均で五メートルという。
漢代にはすでに景勝の地として有名で、どんな時にも枯れたことがないというのが不思議でならない。
ラクダから降りて湖水を一周してみても、流れ込む川もなければ流れ出る川もない。記録に残るだけでも千数百年の間、砂嵐に埋もれることもなく、干上がることもない。悠久の時の中で静かに湧き続けている。
月牙泉は砂漠に浮かぶミニオアシスの風情で、澄んだ水に抜けるような青空と砂丘の姿を映していた。
泉のほとりに「月泉閣」という楼閣があり、ここからの眺望は格別。楼閣内の 売店では楕(だ)円形をした西瓜や飲料水が売られていた。乾燥した大気の中で、口に含んだ甘い“水分”はことさら美味だった。
西瓜はその名前からみて西城からの伝来物。古来「砂漠の水筒」と言われた砂漠の旅の必携品ではある。
敦煌を訪ねて〈24〉 (3月14日付)
鳴沙山3
ラクダの背に揺られていると、時折ラクダが急に首を下方に伸ばすので、乗っている客は前のめりになり、あわてて手綱とコブの毛を、しっかり掴(つか)む。
ラクダが道端にまばらに生えているトゲだらけの草を食べようとするためだが、御者が邪険に手綱をグイッと引っぱるので、ラクダは草を食べそこね、そのまま黙って歩き続ける。現地では、この草を「ラクダ草」と呼んでいる。
鳴沙山は海抜千二百メートル。風紋の美しい大砂丘を見上げると、鳴沙山の頂上から一気に下まで滑り降りる砂すべりを楽しむ風景も。抜けるような青空にパラグライダーが悠々と飛んでいる。ラクダとパラグライダーの組み合わせが、現代のシルクロードの表情かも…。